あめつちのうた
朝倉 宏景
舞台は甲子園、そしてグラウンド整備の阪神園芸。ここまでは実在します。登場人物は架空の人。すごくリアルな雰囲気の中で物語は進みます。主人公は高卒一年目新入社員の大地。一年先輩の長谷は意地悪で元高校球児。甲子園でビールの売り子をしている真夏は重い病気を患った過去があり、プロの歌手を目指しています。大地の高校時代の同級生一志は同性愛者で大学の野球選手。18歳19歳の若者四人の物語です。
登場人物はいたって普通の人。特別な人はどこにも登場しません。4人が4人とも夢があり、悩みがあり、葛藤があります。どこにでもいそうな若者たちばかりです。しかし人の数だけドラマがあり、身近に感じられる彼らだからこそ物語に入り込んでしまいました。主人公はグラウンドキーパーという仕事を通じて成長し仲間との関係を深めていく展開に、一つずつ小さな感動を積み重ねながら読みました。何気ない小さな感動の積み重ねがクライマックスに近づくほど大きなものになっていることに気づきました。
阪神園芸の先輩社員の甲斐の言葉がこの物語の核心部分ではないかと感じました。「結果として感謝されることがあったとしても、それを目的にしたらあかん」「それぞれの持ち場を必死になって守っているだけ。それで給料もらってる」この言葉こそ本書の核心なのかもしれません。世の中で働いている一人一人がさほど感謝されることもなく、黙々と自分のやるべきことを必死でこなして過ごしている。作者はそんなことを語りかけたかったのかもしれません。だからこそ素直にすべての登場人物に共感でき、この作品を読まれた方にも自分自身を投影されながら読まれる方も多いのではないかと想像しました。
登場人物のギクシャクした人間関係も最後には心でつながる形で終わったのはすごく救われた気がしました。4人がそれぞれの生き方に対し、まっすぐ前を向いて歩きだすところで物語は終わります。何となく彼らと別れがたい気持ちが強くなりました。続編ができればぜひ読んでみたいです。さわやかに吹き抜ける一陣の風と共に、土のにおいが鼻をくすぐる読み心地が残りました。とても気持ちのいい一冊です。
(辻田 浩志)
出版元:講談社
(掲載日:2021-01-25)
タグ:物語
カテゴリ フィクション
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1Q84
村上 春樹
青豆と天吾、小学生のときに2年間同じクラスであっただけの2人。しかし、分かち難く結ばれた縁によって、次第に接近していく。ストーリーは、1984年現在の世界ではなく、青豆が言うところの「1Q84」、天吾が「猫の町」と呼ぶ異世界で、進行していく。ただ、単純なパラレルワールドではない。それは、ふかえりという、女子高生と、天吾が共作した小説の世界だ。ものごとは、オーバーラップしながら、ひとと、ひとならざるものが織りなす世界を描く。
回路を辿り、あちら側とこちら側を行き来するリトルピープル。リトルピープルが作る「空気さなぎ」。知覚するもの、パシヴァと、受け容れるもの、レシヴァ。実体であるマザと、分身ドウタ。鍵は「さきがけ」という宗教組織と、そこから逃げ出してきた女子高生、ふかえりが握っていると思われたが、話の重心は、だんだん青豆と天吾に移っていく。
いくつかは、実際の事件が下敷きになっているのがわかる。他の設定についても、もしかしたら鋳型となるものがあるのかもしれない。ふかえりの父、リーダーは、はるか昔から人々は、リトルピープルと呼ばれるものと交流してきた、というようなことを、死ぬ間際、青豆にたいして言っていた。レシヴァである彼を介して、彼らはこの世界になにかしら、働きかける。彼が回路であり、後継者として天吾はいた。パシヴァとしてのふかえりは媒介者として存在する。
話は、青豆と天吾と、小さいものが、1984に戻ってきたところで終わる。
ああ、もしかしたら、そういうことってあるのかも。村上春樹を読むと、随所でそう思うことが多い気がする。
(塩﨑 由規)
出版元:新潮社
(掲載日:2022-09-20)
タグ:物語
カテゴリ その他
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