コーチングのジレンマ
東海林 祐子
「世の中に正解はない」「あっちが立てばこちらが立たず」を一言で表したのが「ジレンマ」である。
この普遍的な葛藤を、スポーツ現場に持ち込み、深く掘り下げた一冊が、東海林祐子氏による『コーチングのジレンマ』である。コーチや選手が直面する、一見すると最善の選択が見つけられないような構造的な対立は、スポーツ現場において常に存在する。本書の特徴は、この構造的な問題を分析するためにゲーム理論、特に「囚人のジレンマ」モデルを参照している点である。
本書では、スポーツ組織内の主要な関係において起きるジレンマについて、ゲーム理論を紹介しながら解説している。第2章では、「囚人のジレンマ」モデルを適用し、選手同士の間で生じる「協力」と「裏切り」の選択(例:チームメイトのプレーのカバーをするか、自分の活躍を優先するか)を、第3章ではコーチの介入と選手の自律性の間の葛藤といった、コーチと選手の間で起こる本質的なジレンマ、第5章ではコーチとサポートスタッフ間のジレンマ、第6章では保護者とのジレンマ、さらに、組織のマネジメントの視点として、第10章では、上司と部下の間で生じるジレンマについても言及している。このように、本書は多層的なジレンマの構造を客観的に解き明かし、スポーツ現場のリアルな課題に迫っている。
しかし、本書が最終的に提示するのは、構造的なジレンマを知って終わり、ではない。ジレンマを克服し、チームの協力関係を引き出す鍵は、コーチが強制的な指導から協調的な指導へと移行し、選手自身の自律性や主体性を尊重することにあると論じられている。この過程で重視されるのが、スポーツを通じたライフスキルの育成である。ライフスキルとは、目標設定や自己管理、動機づけといった、スポーツの場で獲得した能力を実生活に応用できる能力のことであり、これが選手やコーチが、状況に応じて「自分にとっての最善の選択肢や行動原則」を自律的に見つけ出すための土台となる。
だからこそ、本書を読み終えた読者は確信するだろう。「正解はある。ただし人によって違う」そして、この自分にとっての正解を引き寄せるためのアイデアと方法論を体系的に身につけられる一冊である。
(川浪 洋平)
出版元:ブックハウス・エイチディ
(掲載日:2025-12-27)
タグ:ライフスキル
カテゴリ コーチング
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