日本サッカーの未来地図
宮本 恒靖
外の世界を
もう20年余り前に通っていた鍼灸専門学校で使用していた解剖学の本。骨や筋を初めとする解剖学用語の横には手書きで英語の名前が記されている。ご丁寧に発音記号付きだ。医学書専門書店に何度も足を運び、学費を自分で稼いでいる身としてはその高額さにためらいながら手に入れた分厚いステッドマン医学大辞典を相棒に、アメリカ留学を目標に重ねていた準備活動の1つだ。アメリカでトレーナー分野のバイブルとされていたArnheim's Principles of Athletic Trainingを注文し、2カ月ほど待ってやっと手に入れたときには小躍りした。毎日ほんの少しずつしか進まなかったが、コツコツと読み込んだ。
インターネットの普及により、今ではそんな当時からは考えられないくらいに地球が小さくなった。皮肉にも留学生は減少していると聞くが、ネットにあふれる情報を前になんだかわかった気になってしまうのだろうか。人と少しでも違う存在になるために、外の世界を実体験するのは悪くないし、それを通じて母国に還元できることは少なくないようにも思う。
宮本氏の学びの軌跡
さて本書は、かつてサッカー日本代表を率いた宮本恒靖氏による「FIFAマスター記」である。FIFAマスターとは、「FIFA(国際サッカー連盟)やIOC(国際オリンピック委員会)を初めとするスポーツ機関を支えていく人材の育成を目的に2000年から開設されたスポーツ学の大学院」である。日本人元プロサッカー選手として初めてこのコースを修了した宮本氏が「イギリス、イタリア、スイスを回って、10カ月間の課程でサッカーを中心としてスポーツの歴史、経営、法律を学」んだ過程が紹介されている。「イギリスにおいてサッカーがサッカー以上の存在感を持つ」ことを実感し、それはプレミアリーグの選手たちが「自分が社会的に影響力のある立場にいることを自覚し、サッカー選手の地位と責任を大事にしている」ことにつながると気づく。彼らが現役の間に関わる「社会貢献はセカンドキャリアにもつながる」ことを、もっと日本でも取り入れられないかと考える。やはり、身をもって気づき、感じたことで己が活性化される意義は大きい。
度重なるテストに苦労した様子や、初めてパワーポイントを使った話、グループでのファイナルプロジェクトのテーマが「ボスニア・ヘルツェゴビナの民族融和に向けてユーススポーツアカデミー立ち上げの是非」だったことなど、充実した日々のエピソードはどれも興味深い。「広い視点でサッカーを観ることができるようになった」上で語る日本サッカー界への提言も最後に語られる。「日本のサッカーを、サッカー以上のものに」し、「サッカーを文化にする」という今後の取り組みに期待が寄せられる。実は宮本氏引退後からこのFIFAマスター入学までの間に、私は彼の公演を間近で聴く機会に恵まれた。お馴染みのルックスのよさに加えて、うまく構成されてわかりやすく語られる話術から感じるスマートさ、参加していた少年たちへの優しい眼差し、惚れ惚れするとはこのことだろう。語られるエピソードも、自立心や考察力、決断力に溢れており、カリスマ性を持った存在感だった。
増えてほしい人材
こんな人材がスポーツ界にもっと増えて欲しい。スポーツをスポーツ以上の存在にするためには、よりよい文化とするためには、相応の人材が必要だ。宮本氏自身、FIFAマスターの入学審査の1つである6種の英語レポートの中で「スポーツを通して『人を育てる』という部分にもっとフォーカス」したいという内容を取り上げている。事実、彼がプロデュースするミヤモトフットボールアカデミーは「サッカーを通じて、子供達の人間的成長を目指し」すことをミッションにしている。「サッカーの『技』や『体』はもちろん、サッカーを楽しみながら相手を思いやる『心』も磨いていく」ことを重視しているのだ。「子供達が能動的にサッカーに取り組めるような環境を作る。その整備が『文化』を生み出す一つの手段になる」と信じて。
このようなスポーツ既存の枠を越える存在を生み出すためには、幼い頃からひとつの競技ばかりに打ち込む子どもを増やすことはマイナス要因もあるように感じる。一流選手にするために早々に競技を絞るより、複数の競技に触れる機会を持ち、勉学も決しておろそかにしない、スポーツを通じて一流人間を育てる試みがもっとあっていいだろう。宮本氏は今後サッカーという競技の世界で重要な役割を担っていくだろうが、できうるならその枠を越え、より大きくスポーツ界全体に影響を及ぼせる存在となってもらいたい。若い世代のスポーツ留学などがもっと盛んになれば、よりおもしろい人材が輩出できるのではないだろうか。
次の世代へ
私などは留学経験を活かしながらも目の前で直接関わる学生たちを育てることで精一杯だ。しかしトップアスリートたちの若い世代への影響力は計り知れない。
私の知るラグビートップリーグの選手には「ラグビー伝道活動」と銘打って、忙しい中学生や児童相手の普及活動に精を出しているものもいる。彼らはラグビーの普及のみならず、ラグビーを通じて子どもたちが健やかに育ってくれることを願いながら活動しているのだ。競技記録だけでなく、大きな報酬だけでなく、十分な教養とグローバルな視点を持ち、スポーツという文化を担える人の育成に一役買う力を持った選手が今後ますます増えることを期待している。
(山根 太治)
出版元:KADOKAWA
(掲載日:2014-07-10)
タグ:サッカー セカンドライフ
カテゴリ その他
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なぜ皇居ランナーの大半は年収700万以上なのか
山口 拓朗
本書で紹介されている「RUNNET」というポータルサイトの調査によれば、男性皇居ランナーの54%がタイトルのように年収700万円以上だったという。このデータからスタートし、走る練習がいかに仕事の段取りに応用できるか、また土台となる身体のメンテナンスに役立つかを解説している。引用されている経営者たちの言葉を見ると、彼らは運動の効能に気づいている。運動の中でもっとも低コストに、気軽に行えるのがランニングというわけだ。
一部の経営者に留まらず、東京マラソンなどで走ることに興味を持った社会人は、都内では珍しく信号に止められることなく5km走れるスポットである皇居外周に集まった。著者自身もランニングを始め、体調がよくなり、それによって仕事や人間関係も好転したそうだ。読者に「自分にもできるかも」と思わせるような説得力がある。
(月刊トレーニング・ジャーナル編集部)
出版元:KADOKAWA
(掲載日:2014-09-10)
タグ:ランニング
カテゴリ その他
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鉄骨クラブの偉人 オリンピアン7人を育てた街の体操指導者・城間晃
浅沢 英
アテネオリンピックにて、体操男子日本代表は28年ぶりに団体金メダルに輝いた。メンバーに名を連ねた 6 人のうち 3 人のジュニア時代に関わったのが城間晃氏だ。
だが城間氏の歩みは華やかとは言い難い。選手としての自身を「二流」と言い、その後悔から小さな町クラブで美しい体操を教え続けた。
取材当初は専門知識はなかったという著者が練習を見学した感想は「地味」。ジュニア期に基本を反復するのは確かに地味だが、なくてはならない過程だ。それは体操だけでなく全てに言える。城間氏が基本を貫いたように、そこに光を当てたのが本書なのである。
(月刊トレーニング・ジャーナル編集部)
出版元:KADOKAWA
(掲載日:2016-05-10)
タグ:人生 体操 指導
カテゴリ スポーツライティング
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一投に賭ける 溝口和洋、最後の無頼派アスリート
上原 善広
「溝口和洋? そういえば、そういう選手いたな。」というのがこの本を手にしたときの率直な感想だった。現役時代の写真を見て思い出した。あの時代にして、やけにマッチョなガタイをしていたのが印象に残っていたからだ。
溝口氏はカール・ルイスが活躍していた時代、日本を代表するやり投げ選手だった。1984年ロスアンゼルスと88年ソウル五輪に連続出場。翌89年の国際陸上競技連盟主催のワールドグランプリに日本人選手として初出場し、やり投げで総合2位になった実績を持つ。彼の持つ87m60cmという日本記録は未だ破られていない。
溝口氏は陸上界で無頼と呼ばれていたらしい。アスリートでありながらヘビースモーカーである。連日、夜の街に繰り出しては酒と女を嗜む。そして大のマスコミ嫌い。現在であれば、アスリートの倫理観からして到底受け入れられるはずはなく、相当なバッシングを受けているに違いない。そういう意味では、時代が彼に対してまだ寛容だったのだろう。
数多くの破天荒な伝説を残してはいるが、一つ評価できるところを挙げるならば、ウェイトトレーニングにいち早く着目していたことである。彼の身長は180cmであるが、それでも外国人選手と比べて小柄だったことやパワーの差を痛感していたようだ。ウェイトトレーニングは現在では当たり前に行われているだけに、彼には先見の明があったといえる。ただ、彼の感性に基づく独自のトレーニング理論には、我々トレーニング指導者からして、首をかしげるところが多々あるのも事実である。なにしろ1回のトレーニング時間が12時間、ベンチプレスだけを8時間ぶっ通してやったこともあるそうだ。ここまでくれば、もはや体力的限界を越えて「根性」らしい。煙草に関しても「煙草は体を酸欠状態にするので、体にはトレーニングしているのと同じ負荷がかかる」と言っている。
その後、ケガが原因で34歳で現役を引退。一時期、なぜかパチプロで生計を立てた後、実家に帰って結婚、農業を継いでいる。彼の人生を振り返ると、キャラクターはもちろん、物事に対する考え方や行動に至るまで規格外であるといえよう。溝口和洋という人間に興味を持つ人物伝として面白い本だった。
(水浜 雅浩)
出版元:KADOKAWA/角川書店
(掲載日:2017-09-22)
タグ:人物伝 陸上競技 やり投げ トレーニング
カテゴリ 人生
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自分で考えて決められる賢い子供 究極の育て方
サカイク
本書の著者「サカイク」は、「サッカーと教育」をテーマにしたジュニアサッカーの保護者向けメディアです。2010年12月に創刊され、「自分で考えるサッカーを子供たちに」をスローガンに、ウェブサイトやフリーマガジンでの情報発信のほか、子供たちやその親と直に触れ合う合宿形式のキャンプの開催といった活動を行なっています。
本書の中心になっているのが「ライフスキル」という能力で、WHO(世界保健機関)が各国の学校の教育過程への導入を提案している考え方です(本文より)。このライフスキルとして定義されている能力の中から、子供たちがこれからの「不確実な時代」を生き抜くことに寄与する5つの力を、サッカーを通じて身につけることが本書のテーマとなっています。その5つの力とは「考える力」「チャレンジする力」「コミュニケーション力」「リーダーシップ力」「感謝する力」です。
それぞれの力をサッカーの中や、あるいはフィールドを離れた場所での子供と親との関わりの中でどのように身につけていくのか、そのプロセスやプログラムは本書に詳しく書かれています。サッカーに限らず、スポーツをしている子供に対する向き合い方に悩む親にとって、きっと参考になることでしょう。
ラグビーワールドカップ、そして東京オリンピック、パラリンピックと続く今、スポーツの持つ力に対する注目はかつてないほど高まっています。しかし同時に、指導者のパワハラや体罰などの負の面がこれだけクローズアップされている時代もなかったのではないでしょうか。そんな時代に、子供がスポーツに取り組むことの意義を明快に述べた本書が発行されたことは、大きな意味があります。
しかし一つご注意を。「おわりに」の項にも書かれていますが、本書を読んで「サッカーは教育にいいらしいから習わせてみよう」と考えてしまうことも誤りだということです。サッカーはあくまでも子供たち自身が楽しんで取り組むものであり、そこにこそ自発的な学びが生まれること、それを忘れないようにしたいものです。
(橘 肇)
出版元:KADOKAWA
(掲載日:2019-11-12)
タグ:ライフスキル サッカー 子育て
カテゴリ 指導
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