京子!いざ!北京
宮崎 俊哉
気合いだー!といつも叫んでいるアニマル浜口氏にいつも目が行ってしまいがちだが、この人は娘の存在なしには語れないのである。そんな娘と周囲の人々の日常や心境を綴った一冊。
浜ちゃん。この愛嬌のある呼び名で周囲の人から呼ばれているそうだ。いつも両親思いで、応援団思いな人柄が伝わってくる。しかしこの人柄が勝負においては命取りになることを監督やコーチが指摘している。「練習ではものすごい強さを発揮する。パワー、スタミナ、技術的にも全く問題ないどころか、ケタ外れのレスリングを見せる。間違いなく世界最強ですよ。でも、それが試合になると変わってしまって出せない。舞い上がってしまうのか、別人のようになってしまって…精神面かなぁ」というのは、富山英明氏(強化委員長)のアジア選手権直前の弁。このあと、勝利して無事北京オリンピック出場を決めるが、ここまでに至るまでのズラデバ選手との間に発生する頭突きや誤審などの問題も興味深い。
それ以外にもさまざまな登場人物が登場するが、福田富昭氏(日本レスリング協会会長)の存在が印象に残る。
女子レスリングに限らず、日本のレスリングは世界と比較しても強く、一時代を築き上げてきた。福田会長の存在によるところが大きいと思われる。女子レスリングをオリンピックの正式種目にするために20年以上駆け回り、選手の就職先のために企業をまわり、日常の喧噪からはなれて心を落ち着かせて練習させなければダメだという信念のもとに、私財を投じて新潟県十日町に女子レスリング専用の合宿所を設置した。
そんな会長の影響もあると思うが、古刹、富山県の大岩日石寺にて決意表明を行ったときにそれぞれの選手が記した言葉が記録されている。吉田沙保里選手は絶対勝つ!、また、伊調千春選手は根性と記した。そんな中、浜口選手は、『8・23美酒』という言葉を記した。文中に何度も登場するがその言葉を目標として書いたという場面がある。
浜ちゃんの両親・家族思い、周囲の人への思いが伝わってくる。優しさがいつも勝負の際に短所となり、人としては長所である。綴られている日々の苦悩は“金メダル坂”よりはるかに険しかったと想像できるが、それらを乗り越えてきた浜ちゃんの優しさがこの本を読むうえでのポイントになるかもしれない。
(金子 大)
出版元:阪急コミュニケーションズ
(掲載日:2012-10-13)
タグ:レスリング オリンピック
カテゴリ 人生
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幻の東京オリンピックとその時代 戦時期のスポーツ・都市・身体
坂上 康博 高岡 裕之
題名にある「幻の東京オリンピック」とは、立候補したがリオデジャネイロに開催決定した2016年のものではなく、戦時中の1940年のものである。開催決定までの誘致活動の様子、そして返上に至る過程について、スポーツ社会学的な分析が行われている。
各地の大規模な運動公園など、さまざまな運動施設はスポーツを行うインフラを担っているが、すでにこの時期から計画・整備が始まっていたことが本書により明らかにされている。オリンピック誘致と連動して、さまざまな変化が起きていること、それが戦後にも大きな影響を及ぼしていることが興味深い。
そのほかの題材として、都市空間、広告における写真表現、学生野球、集団体操などが取り上げられ、当時どのような動きがあったのかが文献に基づいて立体的に浮かび上がる。
(月刊トレーニング・ジャーナル編集部)
出版元:青弓社
(掲載日:2010-04-10)
タグ:歴史 オリンピック
カテゴリ スポーツ社会学
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オリンピックに賭けた人生 ゴールドメダリストへの夢
三宅 義信
日本の夏季オリンピックでの金メダル獲得数は、団体を含めて、1928年のアルスデルダムから2012年のロンドンオリンピックまでで300個になる。いかに金メダリストになることが困難なことかがわかる数字だろう。並外れた”才能”を持った者でしか辿り着くことのできない名誉である。だからこそ大衆は、彼らに熱狂しもっと知りたいと思う。
本書は、重量挙げで2大会連続オリンピック金メダルを獲得した三宅義信氏の半生がまとめられた本だ。どのような家で生まれ育ち、競技を始めたきっかけから、練習メソッドまでが詳細に綴られている。そこから三宅選の強さの秘訣は、恵まれた体型や才能だけでなく他選手をよせつけない圧倒的な質と量を誇る練習にあることがわかる。たとえば、他の選手たちが1日当たり100トンほどしか重量を挙げないところを、三宅選手は5倍もやる。減量方法からコンディショニングも、自分で色々な方法を試し、最良の方法を探し出す。自ら積極的にコーチを探して教えを乞いに行く。徹底して心身を鍛え抜いたという自信が、本番の実力発揮につながっているのだった。
重量挙げは、世界の力自慢が集まって行うシンプルな競技のようにみえるが、選手間の心理戦も競技に多大な影響を及ぼすのだそうだ。競技者自らが語った、オリンピックでの選手同士の駆け引きの描写はリアルで引き込まれる。数々の写真とともに(三宅氏が重量挙げ選手として成熟していく過程を視覚的に捉えられてこれがなによりも面白い!)、重量挙げという競技、そして金メダリストの人生や哲学の奥深さに触れられる貴重な読書体験になった。
(清水 美奈)
出版元:ジアース教育新社
(掲載日:2013-04-03)
タグ:ウェイトリフティング オリンピック
カテゴリ 人生
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ヒトラーのオリンピックに挑んだ若者たち
ダニエル・ジェイムズ・ブラウン 森内 薫
漕艇部員の悩み
私の娘は中学2年生で、漕艇部に所属している。
今は自分の競技の悩みよりも、チームメイトとの相性が合うとか合わないという文句を自宅に帰ってから吐き出しており、いくら思春期だとはいえ、聞かされる方は大変である。
まあ、そういう、周囲から見れば取るに足らないことを自分にとっては大ごとと錯覚して振り回されるのも、子どもから大人への成長過程での通過儀礼なのだろうから、そっと見守るしかないのだろう。
ただ勝つために漕ぐ
本書の邦題は『ヒトラーのオリンピックに挑んだ...』となっているが、原題は『THE BOYS IN THE BOAT~Nine Americans and Their Epic Quest for Gold at the 1936 Berlin Olympics』である。金メダルを追い求めた壮大な冒険譚というニュアンスだと思うのだが、「ヒトラーのオリンピックに挑む」と言ってしまうと、どうしても政治的な匂いを感じてしまうので、どうもあまり好きになれない。
本書で余計だなと感じるのは、当時のドイツの詳細な記述に多くのページを費やしていることである。
ナチスドイツの狂気が加速していく中でプロパガンダとして行われたベルリンオリンピックにおいて、アメリカクルーが逆境をはねのけ、後に枢軸国と呼ばれアメリカと敵対するドイツやイタリアと勇敢に戦った。そのことにアメリカの優位性や正当性を投影するのは、白けてしまうし、またそれを「(ヒトラーは)自分の運命の予兆を目にしていたのに、それに気づかなかったのだ」と言ってしまうのはいかがなものか。
ベルリンオリンピックはナチスの大掛かりなプロパガンダであったのかもしれないが、この選手たちは純粋にボートを漕いだのだと思う。「M.I.B」(mind in boat、心はボートの中に)の掛け声のとおり、「シェル艇に足を踏み入れた瞬間から、ゴールラインを越える瞬間まで、舟の中で起きることだけに心を集中させる」ことを実践し、オリンピックの決勝レースで、圧倒的に不利な状況で、彼らはそれをやってのけた。そのことにただ感動するばかりだ。
両親に捨てられて過酷な生活を余儀なくされ、「もう二度と誰かに依存したりしない。家族にも、他のだれにも頼らない」と心に誓ったジョー・ランツ。そのジョーが、「チームメイトに対して自分の全部を明け渡し」、「仲間をただ信頼」するまでに変化した。そしてオリンピックの決勝レース前に出場不可能なほど体調を崩した整調(クルーのリード役。こぎ手全員の調子を揃える役割を担う。ストロークとも)のために「僕らはひとつのボートに乗ったただの九人ではなく、みなでひとつのクルーなのだから」と確信し、補欠を乗せようとしたコーチに「僕らがゴールに連れて行きます。乗せて、ストレッチャーに固定さえしてくれたら、みんなで一緒にゴールまで行ける」と直談判するに至る。これはナチスに挑んだ若者ではなく、漕艇を通じて成長する若者の物語だと思う。
本稿を書く少し前、映画『バンクーバーの朝日』を見た。スポーツのすごさと同時に、戦争へと進む社会の中での無力さも感じたのであるが、本書でもまた同じ気持ちを味わった。
アメリカクルーだけでなく、ドイツもイタリアもその他の参加国のクルーも、みな純粋にただレースに勝つためにボートを漕いだのだと思う。自分のエゴも政治的なことや人種のことなども、「ガンネルの外に投げ捨てボートの背後に渦をまかせて」いたのだと思う。
私の想像であるが、ドイツのクルーはそれをしたくても、時代や社会がそれを許さなかったのかもしれない。だから私は、1936年のベルリンオリンピックを「ヒトラーのオリンピック」としている本書の邦題を好きになれないのだと思う。
スポーツは誰のものか
スポーツは、プレーヤーや観客のものだ。ボートを一番速く漕ぐのは誰か、などという、実生活では何の役にも立たないことに老若男女が夢中になること自体がとても貴重なのだ。そして、望めばそれができるという今の日本に感謝しなくては、と強く思う。
さて、件の私の娘。
漕艇競技自体を楽しむことはもちろんだが、漕艇を通じて精神的にも成長してほしいと思う。ジョーたちのように、チームメイトに自分の全てを明け渡すことは難しいかもしれないが、せめてもう少し謙虚になって仲間を尊重する態度が身につかないものだろうか。
(尾原 陽介)
出版元:早川書房
(掲載日:2015-08-10)
タグ:オリンピック 漕艇
カテゴリ スポーツライティング
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シドニー!
村上 春樹
「そんなもの、ただのメダルじゃないか。オリンピックなんてちっとも好きじゃないんだ」という帯にあるセンテンスは、必ずしも中身を象徴していない。シドニーオリンピックと並行して過ごした“村上氏の”Sydneyを、自身で懇切丁寧に記したものであるから、サイドストーリーを味わいたい人にはお薦めだろう。
(月刊トレーニング・ジャーナル編集部)
出版元:文藝春秋
(掲載日:2001-05-10)
タグ:オリンピック
カテゴリ その他
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オリンピックを知ろう! 21世紀オリンピック豆事典
日本オリンピックアカデミー
アテネオリンピックが開催される今年、オリンピックの原点を探る本として、オリンピックの仕組みや古代オリンピックからの歴史的背景、オリンピックで活躍した選手、さらに世界のオリンピック教育の取り組みなど、オリンピックを正しく理解できる、オリンピックを学ぶための一冊。
(月刊トレーニング・ジャーナル編集部)
出版元:楽
(掲載日:2004-06-10)
タグ:オリンピック
カテゴリ その他
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オリンピックは平和の祭典
舛本 直文
人類の歴史は裏から見たら戦争の歴史なのかもしれません。何百年たっても何千年たっても戦争はなくなりません。ただ人類もそれを良しとしていたわけではなく戦争を拒む人はそれぞれの時代にいたわけです。オリンピックが「平和の祭典」として位置づけられたのも戦争を拒む人たちの強い意志が感じられます。
古代オリンピックの時代から「エケケイリア=聖なる休戦」として象徴的な行事とされ戦争行為が禁止されたそうです。「エケケイリア」とは「手を置く」というギリシア語だそうで、開催期間中は戦争行為のみならず死刑判決までもが凍結されました。
もちろん平和の祭典という理念も、時代時代の政治に翻弄され続けたというのが現実です。1980年のモスクワオリンピックは東西冷戦時代のまっさなかで日本も含めた多くの国が政治的な理由でボイコットしました。日本国内でも盛り上がってきたタイミングでのボイコットは、選手のみならず楽しみにしていた国民も大きなショックを受けました。現実にそういう問題に直面した経験があるからこそ、いくら踏みにじられても諦めることなくオリンピックが平和の祭典であることを忘れてはいけないのだと思います。
本書の冒頭に2018年の平昌大会にて、スピードスケート女子500メートルの決勝後に日本の小平奈緒選手と韓国の李相花選手がお互いをリスペクトするシーンが紹介されています。競い合うライバル同士が互いをリスペクトするということが「平和の象徴」であり「戦争の抑止」になるはずです。フィクションではなく現実にそういうシーンが見ることができるのがオリンピックの底力でありスポーツの意義だと思います。オリンピックが始まるとメダルの数や勝敗が優先的に報道されるのも自然なことかもしれません。しかし観ている私たちを本当の感動に導いてくれるのは、選手たちの国家を超えた勝敗を超えた姿なのだと思います。
(辻田 浩志)
出版元:大修館書店
(掲載日:2024-11-05)
タグ:オリンピック 平和 スポーツ
カテゴリ その他
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