〈知的〉スポーツのすすめ スキルアップのサイエンス
深代 千之
運動が苦手な姪っ子に指導
高校に入学したばかりの姪っ子が球技大会でバレーボールをすることになった。ところが彼女は子どもの頃からスキップが正しくできないくらい運動が苦手。うちに遊びにきたときにちょっと見てやろうと広場に行ったが、ボールの中心をたたけない、下半身の動きと上肢の動きのタイミングが合わない、自分の立ち位置から一歩分でもボールがずれると落下地点に身体を移動できない、となかなかの強者だった。子どもの頃からダンスのほうのバレエを習っていたので、それを糸口にアンダーハンドサーブとアンダーハンドレシーブを何とか形にしようと、おじさんは奮闘することになった。スポーツ科学を学ぶ人にこそ
さて本書は、『運動会で1番になる方法』などの著者であるバイオメカニクスの第一人者、深代千之氏によるもので、「東大教授が教える(運動の)上達法!」と銘打たれている。前半は走・跳・投打というスポーツにおける基本動作を巧みに実行するための理論が展開されている。後半ではやや専門的な内容で、脳による運動のコントロール、筋生理、バイオメカニクスの基礎について解説されている。
一般人への啓蒙書という位置づけとのことだが、本書は運動上達を目指す一般の人々というより、スポーツ科学を勉強している指導者や学生にこそ手にとってもらいたい仕上がりになっている。バイオメカニクスといえば物理学の基礎知識を必要とした難解な学問だと敬遠しがちな学生でも、本書を通読することでその知識を現場に活かすためのつながりを発見できるに違いない。パフォーマンス向上はもちろん、傷害予防のためのドリルや負傷選手を競技復帰まで回復させるアスレティックリハビリテーションにもその考えを応用しやすくなるはずだ。
つながりのヒント
つながりと言えば、本書ではバイオメカニクスと運動生理学やスポーツ心理学とのつながりを理解しやすくなるヒントも含まれている。解剖学や生理学など別々の教科で勉強する基礎医学も、当然のことながら人の身体として統合して理解されるべき内容である。構造によって機能は決められるが、機能的な必要に迫られて改変されてきた構造があり、構造をより効率的に使おうとすることで新しく生まれた機能がある。さまざまな側面から人間の構造と機能のつながりを解き明かし、より効率的な機能に結びつけていくというこの学問は、ばらばらの「点」になりがちな学問をつなげるという側面もあるように思う。
誰かがやっていた、あるいは誰かが言ったというトレーニング原理のようなものが独り歩きして一種流行をつくった現象にも触れられている。ご本人にはそのつもりはないかもしれないが、本質を見極める前に流行に流される傾向にある態度を科学者の立場からそれとなくたしなめている感覚があることにも好感が持てる。
よりよい動きへ
さて、姪っ子の指導。限られた時間の中で、しかも1度きりの指導で何が変わるのかへのチャレンジは、バレエのジャンプ動作を少しづつ変化させてスクワットジャンプの形にし、そこに手を振り上げる動作を加え、タイミングを同期させ、ジャンプの程度を減らしてアンダーハンドサーブの身体の使い方に近づけるというシンプルなもの。ボールを使ったのは最後のほうだけだったが、なんとか相手コートに入るかなというくらいにはボールが飛ぶようになった。身体の移動に関しては、ボールを投げる方向を決めておいて一歩移動してボールをキャッチする練習を各方向行い、ボールをキャッチする高さを徐々に下げて、アンダーレシーブの形に近づけた。結果、誰かが拾ってくれるだろうというボールの上がり方をするようにはなった。
もっといい方法もあるだろうし、本番までの練習でどれだけ上達するかわからないが、ボールを打つという運動の結果だけにとらわれず、ボールを打つためにどのように身体を動かすのか姪っ子自身に考えさせ、そうすることで動きが改善される実感を持ってくれたとしたら、トレーナー活動をしてきたおじさん冥利に尽きるというものである。
(山根 太治)
出版元:東京大学出版会
(掲載日:2012-07-10)
タグ:スキル
カテゴリ 指導
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自分で考えて決められる賢い子供 究極の育て方
サカイク
本書の著者「サカイク」は、「サッカーと教育」をテーマにしたジュニアサッカーの保護者向けメディアです。2010年12月に創刊され、「自分で考えるサッカーを子供たちに」をスローガンに、ウェブサイトやフリーマガジンでの情報発信のほか、子供たちやその親と直に触れ合う合宿形式のキャンプの開催といった活動を行なっています。
本書の中心になっているのが「ライフスキル」という能力で、WHO(世界保健機関)が各国の学校の教育過程への導入を提案している考え方です(本文より)。このライフスキルとして定義されている能力の中から、子供たちがこれからの「不確実な時代」を生き抜くことに寄与する5つの力を、サッカーを通じて身につけることが本書のテーマとなっています。その5つの力とは「考える力」「チャレンジする力」「コミュニケーション力」「リーダーシップ力」「感謝する力」です。
それぞれの力をサッカーの中や、あるいはフィールドを離れた場所での子供と親との関わりの中でどのように身につけていくのか、そのプロセスやプログラムは本書に詳しく書かれています。サッカーに限らず、スポーツをしている子供に対する向き合い方に悩む親にとって、きっと参考になることでしょう。
ラグビーワールドカップ、そして東京オリンピック、パラリンピックと続く今、スポーツの持つ力に対する注目はかつてないほど高まっています。しかし同時に、指導者のパワハラや体罰などの負の面がこれだけクローズアップされている時代もなかったのではないでしょうか。そんな時代に、子供がスポーツに取り組むことの意義を明快に述べた本書が発行されたことは、大きな意味があります。
しかし一つご注意を。「おわりに」の項にも書かれていますが、本書を読んで「サッカーは教育にいいらしいから習わせてみよう」と考えてしまうことも誤りだということです。サッカーはあくまでも子供たち自身が楽しんで取り組むものであり、そこにこそ自発的な学びが生まれること、それを忘れないようにしたいものです。
(橘 肇)
出版元:KADOKAWA
(掲載日:2019-11-12)
タグ:ライフスキル サッカー 子育て
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