アナボリックステロイドとはいったい何だ
吉見 正美
スポーツで決して行ってはいけない不正の1つにドーピングがある。オリンピックや世界選手権などでメダル剥奪、出場停止といった話は毎回のように出てくる。ドーピングは検査と追う側と追われる側の歴史でもあり、情報が出てしまえば相手に裏をかかれてしまう。
しかしドーピングにも禁止物質や禁止方法など複数あるが、それらが身体にどういう影響があるのかきちんと語られている書籍は少ない。本書では筋肉増強剤として知られている、アナボリックステロイドについて述べられている。
ドーピングを行っても必ず勝利が約束されるわけではなく、その不確実な勝利の代償として、ドーピングは確実に身体を蝕む。勝利を欲するあまり、悪魔に心を売り渡してしまわぬように、倫理観のトレーニングも必要である。
近年は個人輸入をしたサプリメントや市販薬、漢方薬でドーピング違反に問われることも多くなってきている。競技者だけではなく、われわれコーチも気をつけなければならない。
(澤野 博)
出版元:体育とスポーツ出版社
(掲載日:2012-02-15)
タグ:ドーピング 生理学 倫理
カテゴリ スポーツ医科学
CiNii Booksで検索:アナボリックステロイドとはいったい何だ
紀伊國屋書店ウェブストアで検索:アナボリックステロイドとはいったい何だ
e-hon
スポーツ哲学の入門 スポーツの本質と倫理的諸問題
シェリル・ベルクマン・ドゥルー 川谷 茂樹
タイトルに入門とある通り、スポーツ哲学のトピックが網羅された労作だ。とくに現代社会におけるスポーツの価値や、ドーピングなどの倫理的問題について多くのページを割いている。すぐに目を通せる分量でも、結論を得られる分野でもないが、スポーツに関わるなら知っておくべき内容ではないだろうか。
(月刊トレーニング・ジャーナル編集部)
出版元:ナカニシヤ出版
(掲載日:2012-08-03)
タグ:スポーツ哲学 倫理 ドーピング
カテゴリ スポーツ社会学
CiNii Booksで検索:スポーツ哲学の入門 スポーツの本質と倫理的諸問題
紀伊國屋書店ウェブストアで検索:スポーツ哲学の入門 スポーツの本質と倫理的諸問題
e-hon
スポーツ倫理学講義
川谷 茂樹
まず「倫理学」で躊躇する。「講義」で、う~んと思う。それに「スポーツ」がついているので、「ま、読んでみるか」と開いた。ところがである。「これは」と思い、ついに読みきることとあいなった。以降、「この本、読んでおいたほうがいいよ」と各方面に薦めることになる。
冒頭、著者はこう言う。
「スポーツの存在がたとえ自明の事実であるとしても、スポーツそのものは必ずしも自明ではない。別の言い方をすれば、一度考え始めるとなかなかうまい解答が見つからない、多くの問題がスポーツには存在する」
その問題とは「相手の弱点を攻めるのは卑怯なことなのか」「いついかなるときもルールを守らなければならないのか」「格闘技などで暴力が容認されているのは、なぜか」「ドーピングはなぜ悪いのか」である。「これらの問いは、総じてスポーツに関わる行為の道徳的善し悪し、あるいはその根拠への問い、すなわち倫理(学)的な問いである」
本書は、スポーツマンシップについて3講義、スポーツと暴力、スポーツの本質、スポーツの周辺、スポーツの「内」と「外」の各講義、計7講義からなる。スポーツマンシップとは勝利の追及が大原則と言う著者の切れ味は鋭い。「スポーツとは何か」が本書の大きな問いだが、哲学者がそれを考え、答えている。刺激に満ち、再び考える芽をいくつも伸ばしてくれる1冊。改めてお薦めしたい。
(清家 輝文)
出版元:ナカニシヤ出版
(掲載日:2012-10-09)
タグ:スポーツ倫理 倫理学
カテゴリ その他
CiNii Booksで検索:スポーツ倫理学講義
紀伊國屋書店ウェブストアで検索:スポーツ倫理学講義
e-hon
医の倫理と法
森岡 恭彦
倫理とは何か? 簡単にいうと「人の行うべき正しい道」ということで、「道徳」と同義で用いられることも多くあります。
「倫理」は文化や宗教、国家のイデオロギーによってその捉え方は異なることがあります。そのため本書では、「医師の職業倫理」「終末期患者の医療」「生殖医療の倫理的問題」「医学研究の倫理」について他国の動向や日本の歴史的・文化的背景を踏まえて、今の日本の法律や現状について解説されています。
第二章の「医師の職業倫理」では、インフォームドコンセントを中心に日常業務における医師の責務、医師や医療機関の法律上の責務について述べられています。
第三章の「終末期患者の医療」では、安楽死や尊厳死、臓器提供の問題について海外での判例や日本の現状について説明されています。
第四章の「生殖医療の倫理的問題」、第五章の「医学的研究」では急激な科学技術の変化によって生まれてきた問題について法律的・倫理的側面から問題提起がされています。
本書は、一般の医学生や看護師などの医療従事者の人たちが知っておくべき「医の倫理」についての基本的事項をわかりやすく解説してます。しかし身体に関わる職種の方々にとっても「倫理」を今一度考え直す良い機会になるのではないだろうか。
(山際 政弘)
出版元:南江堂
(掲載日:2012-10-16)
タグ:倫理
カテゴリ 医学
CiNii Booksで検索:医の倫理と法
紀伊國屋書店ウェブストアで検索:医の倫理と法
e-hon
スポーツ倫理学講義
川谷 茂樹
今、ロンドンオリンピック、それに引き続いてパラリンピックが開催されている。ニュースを聞いていると、金メダルを逃した選手、選手の取り巻きからこんな声が聞こえてきた。「銀メダルが金メダルより素晴らしい」。私は違和感を禁じえなかった。「おいおい、本気? 金メダルが取れる状況にあっても、取らなかったかも知れないって言っているんだよ。本気で銀メダルのほうが素晴らしいって信じているの? あなたが金メダルを取っていたらそんなコメントしないよね。それがどうしてかって一度考えてみたら?」
スポーツは「清潔、健康的、紳士的」などなど漠然としたプラスイメージを持たれている反面、オリンピックのように「競技スポーツには“勝利”の二文字しかない」という残酷な一面を持つことを誰でも直観的に感じているのではないだろうか。競技スポーツとは、決められたルールに基づいて一番優れた選手(あるいはチーム、団体)を選ぶことにほかならない。ある競技に参加する、と決めた瞬間に選手は頂点を目指す宿命を背負う。身体を強化し、肉体を苛め抜き、精神を鍛錬する。そうしてただひたすら勝利を目指す。選手が目指す方向は、先に示したスポーツが持たれている「健康的」というイメージからどんどん離れていくのである。
その一方で「オリンピックには参加することに意義がある」という言葉も残されている。勝たなくてもいいのか? 参加しているだけで本当に競技者としての意義はあるのか?
同時にスポーツはエンターテイメントとしての性格を強く帯びている。オーディエンスはヒーロー、ヒロインの登場を待ち、その活躍に期待する。見ていてワクワクしないようなスポーツは単純に言って「つまらない」のである。つまらないスポーツにはスポンサーはつかない。すなわち経済的に成り立たない。実に残酷である。
このようにさまざまな顔を持つ「スポーツ」と我々オーディエンスはどのように関わっているのか、関わっていくべきなのか。そもそもスポーツの根源と思われているスポーツマンシップって何? そう考えを進めると、私はどんどんわからなくなった。本書はこれらの疑問を丁寧に解き明かし、こんがらがっていた思考の糸を少しずつ解いてくれる。論理展開に慣れないうちは論点がどこにあるのか見失うこともあったが、哲学、倫理学、法律などとは無縁の私でもわかるように論理を進めてくれている。また、格闘技由来のスポーツの一例としてボクシングを取り上げ、その意義を考えている。
結論には賛否両論あろうかと思う。ただ、その賛否両論はきっと感情的な問題だけであって、議論の本質は多くの方の納得を得られる内容ではないかと思う。読後、「人間ってぇのは自分の得にならないことは積極的にやらない。もしかしたら競技スポーツとは、人間のエゴがもっとも露骨にぶつかり合う場面の1つかもしれないなあ…」と思った次第。皆さんは何を考えるだろう。
(脇坂 浩司)
出版元:ナカニシヤ出版
(掲載日:2013-03-29)
タグ:倫理学
カテゴリ その他
CiNii Booksで検索:スポーツ倫理学講義
紀伊國屋書店ウェブストアで検索:スポーツ倫理学講義
e-hon
スポーツ哲学の入門 スポーツの本質と倫理的諸問題
シェリル・ベルクマン・ドゥルー 川谷 茂樹
タイトルに入門とある通り、スポーツ哲学のトピックが網羅された労作だ。とくに現代社会におけるスポーツの価値や、ドーピングなどの倫理的問題について多くのページを割いている。
すぐに目を通せる分量でも、結論を得られる分野でもないが、スポーツに関わるなら知っておくべき内容ではないだろうか。
(月刊トレーニング・ジャーナル編集部)
出版元:ナカニシヤ出版
(掲載日:2012-08-10)
タグ:哲学 倫理
カテゴリ その他
CiNii Booksで検索:スポーツ哲学の入門 スポーツの本質と倫理的諸問題
紀伊國屋書店ウェブストアで検索:スポーツ哲学の入門 スポーツの本質と倫理的諸問題
e-hon
スポーツにおける逸脱とは何か スポーツ倫理と日常倫理のジレンマ
大峰 光博
副題の「スポーツ倫理と日常倫理のジレンマ」については、スポーツに携わり仕事をする一人として、私自身も考えたことはあるが、確信がもてるほどの答えを見出したことはない。スポーツ経験がある人であれば、自分自身と指導者との適合、チームの中での立ち位置、その競技をすることの意味など、一度は考えたことがあるのであろう。
まえがきにある筆者のお気に入りの表現、「たかがスポーツ・されどスポーツ」は、スポーツが様々な社会問題に対して周辺に位置しているからこそ役立てることがあるという考えからだと述べている。それは、まさに私自身が日ごろ考えていたことと合致するものだった。
「多くの問題を抱えるスポーツから逃れられない人間」と自称する著者が、川谷茂樹氏や中島義道氏らの日本を代表する哲学者の知見と、カントなどの海外の歴史的な哲学者や、近現代の様々な発表や論文から、日本で問題になっているスポーツにおける問題を、哲学や倫理の面から解説・示唆している著書である。
本編前半では、試合中のジレンマとして、バスケットボールのファウル・ゲームやサッカーのトラッシュトーク、野球の報復死球などについて解説されている。当該競技の指導に携わる者にとって、少なくとも一度は考える問題なのではないだろうか。 後半には試合外のジレンマとして、体罰や連帯責任を取りあげている。組織運営や日本特有の運動部活動の問題を、組織への従属メカニズムをもとに解説し、発展として、不祥事に対する対外試合禁止処分や無観客試合処分などの組織決定の是非を考える機会も与えてくれている。
私が一番印象に残ったのは、哲学的には、スポーツにおける人種、性、身体障がい、階級などに対する差別は、むしろ社会で存在している差別がスポーツの場面で表面化しただけだが、この差別を生み出す、差別感情や差別意識はスポーツによってより多く生み出されるということだ。多くのスポーツの場合、この差別意識を生み出さないことは不可能ととも述べている。文中、筆者が衝撃だったと挙げる、「スポーツは勝者に優越感というより、敗者に劣等感を与える。人はスポーツに限らず、良いことを目指す限り差別はなくならない」という中島氏の主張は、私自身にとっても衝撃的なものだった。
また、私自身の価値観と大きく違い、発見を与えてくれたのは、必ず人との比較において成り立つ競技スポーツにおいては、順位や優劣をつけることが目的であり、個人の「向上心」については、集団に属する限り、集団の目標達成にはなんら結びつかないということだった。哲学的に考えると「向上心」は向上心がない人を見下すことにつながる。深く考えず、美化され、推奨されるべきものとして認識していた「向上心」について深く考えさせられた。
差別や偏見の根源は「よく考えないこと」と文中でも述べている。だが、やはり考えれば考えるだけ、スポーツと日常倫理の間にはジレンマも生まれる。トップアスリートは他者に対して容赦なく抜きん出る意志を持つことが必須であり、貪欲な姿勢と圧倒的なパフォーマンスが、我々に感動をもたらすことに疑いの余地はない。
スポーツが包含する構造的特質を理解し、スポーツに対して、過度に美化せず、過度に卑下しない意識をもつことが重要とする筆者の考えに共感する。哲学的に考え、社会倫理と照らし合わせて考えることが、スポーツと日常生活のギャップで生まれるジレンマを考える手がかりになると実感することができた。
スポーツ自体を考える大きなきっかけになる一冊となった。
(河田 絹一郎)
出版元:晃洋書房
(掲載日:2021-02-06)
タグ:倫理
カテゴリ その他
CiNii Booksで検索:スポーツにおける逸脱とは何か スポーツ倫理と日常倫理のジレンマ
紀伊國屋書店ウェブストアで検索:スポーツにおける逸脱とは何か スポーツ倫理と日常倫理のジレンマ
e-hon
スポーツ倫理を問う
友添 秀則 近藤 良享
ドーピング、リンチ・暴力、セクハラ、補助金の不正流用、そしてスポーツ構造の変革──。この本は、そうした現代スポーツが投げかける、あるいは直面する様々な難問に対し、「感情論」「損得勘定論」ではなく、倫理的な立場から誠実に捉え直していこうとする友添、近藤両氏の共同レポートである。
(月刊トレーニング・ジャーナル編集部)
出版元:大修館書店
(掲載日:2000-12-10)
タグ:倫理
カテゴリ その他
CiNii Booksで検索:スポーツ倫理を問う
紀伊國屋書店ウェブストアで検索:スポーツ倫理を問う
e-hon