大人はどうして働くの?
宮本 恵理子
選手に問いかけたこと
その昔、社会人ラグビーチームのトレーナーだった頃、ただ一度だけトレーナーではない立場で部員全員の前で話をする時間をもらった。その頃のチームは閉塞感が強く、やらされているムードの中なかなか結果を出せずに、選手の間で不満が蓄積していた。私が問いかけたかったことは、改めて言うまでもないと一笑に付されるようなシンプルなものだった。「なぜラグビーをしているのか」。学生の頃からラグビー漬けで、ラグビーをすることでトップチームにたどり着いた選手たちはラグビーを仕事にできた限られた人間だ。ラグビーでは誰にも負けたくないという自尊心があるはずだ。それなのになぜやらされて文句ばかり言っているのか。なぜ自分の意思でやるべきことに立ち向かおうとしないのか。
わかっていて当たり前のことで、しかもコーチのやり方に疑義ありとも受け取れる話をあえてすることは、役割分担が明確なチームでは控えるべきだったとは思うし、だから何が変わったというわけではない。しかし、その頃のチームが認識を改めるべき一点だったし、心から不思議で問わずにはいられなかった純粋な疑問だった。
言葉の放つ輝き
さて「大人はどうして働くの?」と子どもの純真な眼差しで問われたなら、どう答えられるだろう。本書では「7人の識者」にこの質問をして得られた回答を、編著者である宮本恵理子氏が文章に起こしている。日経キッズプラスの単行本ということで、インタビュー内容を本書の後半で大人編としてまとめ、前半部分では子どもたちに語りかけるような文章に改めて載せている。いや、もしかしたら逆なのかもしれない。
いずれにせよ、子どもたちに語りかけるその口調のほうが心に響く。「夢中になれるから」「勉強したいと思えるから」「次の世代に受け継ぐため」「最高に面白い謎解きの連続だから」「恩返しのために」「仲間と喜びや悲しみを分かち合えるから」など、そこだけ抜き出すと当たり前のことのように思える言葉たちも、自らの経験談の中で語られるときには輝きを放つ。
それぞれの答えはそれぞれの識者がそれぞれの人生の中でたどり着いたもので、そこに普遍的で唯一の解など存在しようもない。いい年をして脆弱な部分がまだ目につく我が身を鑑み、問いかける。自らがたどり着いた働く理由というものを、子どもたちの目をまっすぐに見つめながら話すことができるだろうか。そして希望を抱かせることができるだろうか。そんな人生を歩めているのだろうか。やんちゃな自分が年をとって丸くなってしまったのかもしれないが、50歳を目前にしてようやく隙のない良識を確立する覚悟ができたように思う。
高校生に求めるプロ意識
たとえば子ども向けの商品でも子ども向けビジネスと呼ばれるものでも、本当に子どもたちのためという良心を失わずに展開しているのか疑問に思うケースは枚挙にいとまがない。自分の子には絶対にしないという指導法を、他人の子どもたちに平気でできてしまうスポーツ指導者もその1つだ。
儲けが良心を簡単に凌駕する現代社会で、我ながらナイーブなことだとはわかっているし、良心など食い物にされても食い扶持にはならず、綺麗事だけで世の中渡れないことも一面事実だろう。思わぬ苦難に自棄することもあれば、羽目を外して良心に反した過ちを犯すこともある。しかし、働く上で良識を持ち続ける強靭さをやはり鍛え続けなければならないと思う。
考えてみれば高校のラグビー部で働いていた頃のほうが、選手たちにそんな話をする機会が多かった。ラグビーみたいな過酷な競技は人に言われてやらされるもんじゃない。だから高校生にもプロ意識を求めていた。「夢中になれるから」「向上したいと思えるから」戦うヤツらがいた。「後輩たちに受け継ぐため」汗を流すヤツらがいた。「最高に面白い謎解きの連続」として日々研鑽するヤツらがいた。母親への「恩返しのために」歯を食いしばるヤツらもいた。「仲間と喜びや悲しみを分かち合えるから」身体を張るヤツらがいた。
自分だけ得することなんか考えていなかった彼らは、訳知り顔の大人より「なぜそんなにしんどいことをしているのか」という理由を意識下で理解していたのではないか。そんな現場で働くスポーツ指導者やトレーナー、また教員などはその良識を失わずにいられる、いやそれ抜きには務められない仕事のはずだ。
甘い自分を叱咤して「どうしてその仕事をしているのか」胸を張って語れるような生き方をまだまだ追求しなければならない。「大人はどうして働くの?」なんて幸せな問いかけができる国に生きる幸運の下、根っこにそんな真っすぐな想いを持ち続けることができるなら、そのほうが気持ちいいではないか。
(山根 太治)
出版元:日経BP社
(掲載日:2014-09-10)
タグ:働く
カテゴリ 人生
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高齢者が働くということ 従業員の2人に1人が74歳以上の成長企業が教える可能性
ケイトリン・リンチ 平野 誠一
齢をとりたくて仕方がない
マスターズ陸上などというベテラン選手の大会に出るような人たちは“齢をとる”ということに関して、世間とは少しばかりズレた価値観の中で暮らしている。“長老”が偉いのは当然のこととして、とにかく皆“早く齢をとりたくて仕方がない”のだ。
マスターズのカテゴリーは5歳きざみでクラス分けがされていて、ひとつのカテゴリーの中でレースタイムが同じだった場合、1日でも年上のほうが勝ちとなる。“齢をとるほど体力が低下”しているはずだからだ。そういった意味では、たとえば80歳クラス(80~84歳)では80歳より84歳が有利となる。
しかしまた、ひとつ上がって85歳クラス(85~89歳)になると、今度はそのクラス“最年少”選手として若手のホープに返り咲くことになるのである。
だから88歳の誕生日を迎えられた大先輩に米寿のことほぎを申し上げに行ったとき、“そんなことはどうでもいい”と、遠い目をして宣ったとしても動揺してはいけない。“ああ、早く90(歳)になりてえなあ”とのお言葉が後に続くからだ。マスターズとは、まさに“40、50ハナタレ小僧。60、70働き盛り。男盛りは80、90(歳)”を地で行く世界なのである。
家族経営の工場が舞台
さて、今回は『高齢者が働くということ』。「ヴァイタニードル社」という、アメリカ東部にあって、特殊な注射針などを製造する従業員約40名の家族経営の工場を舞台としたものである。ごく普通の(むしろ小規模な?)製造業ではあるが、ただひとつ違っている点は、従業員の半分を74歳以上の高齢者が占めているところにある。
著者のケイトリン・リンチは気鋭の文化人類学者だ。文化人類学の研究手法に「フィールドワーク(現地調査)」というのがあって、ある文化を共有する集団に対し“外部者”としての目から観察したりインタビューしたりするのだそうだが、もう一歩踏み込んで“内部者”として時間を共にすることで文化の特性を分析しようとする「参与観察」という方法があるそうだ。著者は、約5年の取材期間のうち3年近くを「従業員」として勤め、ヴァイタニードル社の内部にいながら外部者としての観察眼を発揮するという綿密な取材を敢行して本書をものしている。
ケイトリン(この工場では従業員同士を含め社長に対しても互いにファーストネームで呼び合う。従業員の中には先代の社長時代からの者もおり、現社長が少年の頃から知っている)には、「インタビューでたびたび使用してきた質問」に「あなたはお年寄りですか?」というのがあって、従業員は誰もが戸惑いを隠せないようだった。「老い」というのは「文化的に構築された」ものであって、彼らの反応は「年相応の振る舞いに対する文化全体の期待に応えよという社会の圧力があることを指摘する」ものであるという。
働く理由
従業員たちは「人柄や経歴、働く理由も千差万別である」が「働くことに対して、給料だけでなく、帰属感や友達づきあい、さらには生産的なことをしている実感ややりがい、誰かの役に立っているといった経験を求めている」のである。
最高齢が99歳(2011年現在。ほかにも10代からあらゆる世代)の従業員を抱えるこの工場は、「ヴァイタ」すなわち「ラテン語で『人生』という意味」が示すように「まさに人生が(それも意味のある人生が)つくり出されている」「成長企業」であり、世界が注目する「エルダリーソーシング(高齢者に仕事を任せること)」モデルとなっているようだ。
かつてスポーツ界では25歳を越えると“ベテラン”と呼ばれる時代もあった。ましてや30歳を越えて活躍する女性アスリートというのは皆無に近かった。今では35歳を越えてもなお世界の一線で活躍するアスリートも少なくない。
しかし人生80年の時代を迎え、競技の絶頂期を過ぎてからの人生はあまりに長く、引退後のセカンドキャリア問題は多くのアスリートにとって重くのしかかる。競技力を問わず(それによってメシを食っているいないにかかわらず)人生の大きな位置を占めていたものと距離を置くことになるからだ。なんとしてでも、別の人生を死ぬまで歩み続けなければならない。
こうなったら“90になって迎えが来たら、100まで待てと追い返せ。100になって迎えが来たら、耳が遠くて聞こえません”を目指そうじゃないか! と、潔くないかもしれないが50代のハナタレとしては訴えたいのである。
(板井 美浩)
出版元:ダイヤモンド社
(掲載日:2014-10-10)
タグ:人生 働く 組織
カテゴリ 人生
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