あの一瞬 アスリートはなぜ「奇跡」を起こすのか
門田 隆将
アスリートの本紀と列伝
ある人物の一代の事績を記録した書物を「紀伝」という。皇帝や王といった天下人を中心とした「本紀」と、人臣について書き連ねた「列伝」の下の文字を合わせた言葉であるという。簡単に言えば、人物の成したことを書き連ねたものだが、魅力溢れる人の生き様というものは、読む人の心を震わせる。綿密な取材資料に作家の創造力による脚色が施され、あくまでもフィクション作品としてではあるが、歴史小説が広く読まれるのはそのためだろう。
アスリートは現代における紀伝の素材としてふさわしいもののひとつだ。紀伝を曲解して、本紀をスポーツ界の頂点に立った者の物語、列伝をそうではない者の物語としたとしても、それぞれが相補ってこそドラマが成り立つことに間違いはない。本書には、さまざまな競技のアスリートにまつわる10の本紀および列伝が綴られている。著者は週刊新潮の副部長まで務めたジャーナリストであり、「なぜ君は絶望と闘えたのか」をはじめとした幅広いジャンルでの著作を持つノンフィクション作家の門田隆将氏である。
アスリートに対する尊敬と愛情
古くは、戦前から始まる怪物スタルヒンの数奇な人生から、北京オリンピック女子ソフトボール金メダルにまつわる世代を超えたドラマまで、さまざまな時代、さまざまな競技における「奇跡」が読み応えのある物語となっている。その緻密な構成や読者を引きつける演出には、アスリートに対する著者の尊敬と愛情の念が散りばめられている。本書のあとがきにもあるように、アイルランドの詩人オリバー・ゴールドスミスの言葉である「われわれにとって最も尊いことは、一度も失敗しないということではなく、倒れるたびに必ず起き上がることである」という人生の格言を、どの物語の登場人物も思い起こさせてくれるのだ。
彼らは決してすべてにおいて超人的な力を持つわけではない。それでも「奇跡」を起こす彼らの軌跡は、アスリートとしてだけではなく、1人の人間として尊いものなのだ。本紀となるのか列伝になるのか、そんな結果は問題でなく、ただただその生き様に魅了される、そんな想いが伝わってくる。とくに最終章、松井秀喜を5敬遠した明徳義塾野球部の物語は、ステレオタイプの批評家では書き得ないものだろう。
「奇跡」は日々起きている
雑踏の中で行き交う人々を見ながら、ふと思うことがある。すれ違う以外に交わることのない多くの人々。自分自身も含め、1人ひとりに自らを主人公にしたドラマが日々繰り広げられている。そのほとんどが誰にも綴られることがない平凡なものである。しかし、日々ただひたむきに生きている人たちには、ささやかなものでも、素晴らしい「奇跡」があちらこちらで起こっているはずなのだ、と。
(山根 太治)
出版元:新潮社
(掲載日:2011-01-10)
タグ:勝負 アスリート
カテゴリ スポーツライティング
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早実vs.駒大苫小牧
中村 計 木村 修一
今年のドラフト会議でその動向が注目された斎藤佑樹投手。彼を語る上で2006年夏の甲子園を欠かすことはできない。
37年ぶりの決勝戦の引き分け再試合を戦った早実、駒大苫小牧の両チームでは何が起きていたのか。徹底した取材によりその舞台裏が明かされる。来シーズンのペナントレースをより楽しむためにも、あの夏の出来事をもう一度確認していただきたい。
(村田 祐樹)
出版元:朝日新聞出版
(掲載日:2012-10-16)
タグ:野球 勝負
カテゴリ スポーツライティング
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勝負勘
岡部 幸雄
私は筆者の岡部幸雄元騎手とは競馬を通した接点(馬券)を持ってきました。私の知っている筆者はレースで1着になることをいとも簡単にやり遂げている姿を数々目にしてきましたが、そこへの出発点や大きな出会い、転機そして確固たる地位を掴むまでの過程や考え方を本書から知ることでき、自然と引き込まれていきました。
本書は、筆者が騎手人生38年間の勝負勘を磨き続ける場としての「レース」を通した取り組みについて書き綴られています。レースは短いときには1分程度、長くても3分を超えるぐらいという時間の中で、馬の能力を最大限に引き出すことを要求されます。すなわち直感が多くを占める「勝負勘」を繰り出して最終的な目標である「レースで1着になる」ことを常に考えているわけであります。それは緻密な作業、すなわち感覚の修得やレースへの準備作業などを介して、「馬」の力を引き出すことであります。
私は、筆者が述べた勝つための最善策の考えの中で「何もしないこと」というフレーズが印象に残りました。「何もしないこと」はコミュニケーション能力として一見したところ消極的な働きかけもしれませんが、思い当たることがあります。それは意のままにしようとあれこれと働きかけて、うまくいかないことは頻繁にあると感じます。意のままにしようとすることが間違っているわけではないですが、相手にとって意外と気持ちよく感じられない、もしくは自らの意思でないことが多いので響かない、頭に残らないというようなことが私自身よく経験したことでもあります。これはよく起こりうる「自分の腕で結果を変えたい」というエゴイズムなところかもしれません。仮に繰り返すことで獲得できるものだとするならば、あえて働きかけず相手の気持ちに耳を傾け、見守ることで繰り返させる行為につなげることも方法論としていいチョイスだと私は思います。
私は筆者の超一流の騎手としての毎日のトライ&エラーの修正作業の繰り返しに大きな気付きを得ました。なぜなら自分のような業界駆け出しの者と類似した作業を繰り返しているからであります。長期的、詳細まで深く突き詰めていることが、より強く伝わってきました。つまり自分の将来へのヒントなのではないかと感じています。
ひとつひとつの積み重ねは普通に感じられることも多いですが、「時間軸」や「こだわり」を組み合わせると、引き出されるものはとても大きなものに変化することを痛感しました。この時間軸やこだわりの保持の継続性こそが「勝負勘」を生み出し、この自然体の努力こそが一流に至る必須条件ではないかとふと感じさせてくれた気がします。
(鳥居 義史)
出版元:角川書店
(掲載日:2014-01-17)
タグ:競馬 騎手 勝負
カテゴリ 人生
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