強いリーダーはチームの無意識を動かす
橋川 硬児 石井 裕之
サイレント・カリスマ
最近、書店の一部を陣取っている書籍群に「ビジネスシーンでのコミュニケーション・スキル」に関するものがある。タイトルはさまざまで、意匠を凝らしたものが多いが、ベースになっている理論に注目すると、「コーチング」と言われるものや、「NLP(神経言語プログラミング)」をベースにしているものがとくに目に付く。両者とも輸入物だが、最近は日本的会話術よりもこちらのほうが売れているようだ。
前者の「コーチング」は、先ず相手の話に耳を傾ける(傾聴)ことから始まり、“質問スキル”を使って自らが気づき、自らの行動を促すことに重点をおいている。一方「NLP」のほうは、人の無意識な部分をうまく活用できるようなコミュニケーション・スキルを身に付けることに重点をおいている。だが、両者とも目指す方向性に大差はない。
今回紹介する本は、一応「NLP」理論をベースにしてはいるが、それほどこの理論を理解していなくても読める一冊である。要は、“これからの管理職には、どうやって部下のやる気を引き出すかが重要なキーワードになる。だから、コミュニケーション・スキルを学びましょう!?”と、“無意識”に語りかけるような内容になっている。「これまでのリーダーは、権限に支えられ、トップダウンでみんな従ってきました。だから権限さえあれば、誰でも、カリスマリーダーになれたのです。(中略)しかし、今の若い人はついてきません。王様が何も着ていないことを見抜いてしまいました。そして、『王様は裸だ』と平気で言います」
つまり、権限だけじゃ人は動かない、監督・教師というだけで生徒・選手はついては来ない! というわけだ。ではどうするか。緊張を強いることがない、先入観を持たない、選手を尊重する、そしてラポール(信頼関係)を築けるコーチ、「スタッフの潜在意識が、『このリーダーのために良い仕事をしたい!』」と思わせるようなコーチなることであると本書は説く。これを「サイレント・カリスマ」と本書では呼んでいる。われわれスポーツ・コーチにも、大いに参考になる内容である。
“たるんでいる”という指導者
私が原稿執筆中の現在、ちょうどトリノオリンピック開催中である。残念ながら日本は、今のところ期待されていた通りの成績とは言えない。が、唯一私たちの期待に見事応えてくれたのが、女子フィギアスケートの荒川静香選手だ。フリー演技当日、どれほどの人々が彼女の演技を固唾を呑んで見守ったことか。そして、演技終了と同時に“やった!”と快哉を叫んだことか。この約4分間の静と動に、正直私は感動した。もちろん、感動したのはフィギアスケートだけではない。スピードスケートもモーグルも、そしてカーリングにも感動した。みんな全身全霊を傾けて自分と戦い、競技場に立ち、始まればひたすらゴールに向かう。その全過程に、私は感動した。だから、戦い終えた彼らには、肩をポン! と軽くたたいて、こう言ってやりたい。「僕らは、君の事を誇りに思っている」。
しかし、世の中みんながみんな好意的とは限らない。残念なことだが、ある知事は某記者会見の席で、トリノオリンピックでの日本不振について感想を求められて「たるんでるんだよ」と言った。私は正直この発言には幻滅を感じる。何が“たるんでいる”のか理由が欲しい。理由もなく、なんとなく言ったのなら、そういう発言はご自分のご家庭でどうぞ。責任のある者が、責任のある発言を求められる場で言う言葉ではない。監督が選手に「お前らたるんでるから勝てないんだ」と同列。昔なら、選手は「はい!」の大合唱だが、今は違う。だから、こういう本が書店に並びはじめたのです。ご一読を、知事。ところで、あなたは夏季オリンピックを日本に招致したい意向もお持ちと聞きます。大丈夫ですか? もし失敗すると言われますよ、国民に。たるんでいるから、と。
(久米 秀作)
出版元:ヴォイス
(掲載日:2006-04-10)
タグ:組織論 チーム リーダー
カテゴリ 指導
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強いだけじゃ勝てない
松瀬 学
1974年に関東学院大学ラグビー部監督に就任した当時は、関東リーグ戦グループ3部のチームであった。部員は8人、ボールやグラウンド、ゴールポストもない。以来30年余り、どん底のスタートから大学日本一の座に至る道のりが書かれている。「強いだけじゃ勝てない」とあるように、春口監督のラグビーにかける情熱と人間力が、選手や周囲のスタッフ、学校関係者に伝わり、チームがつくられていくヒューマンドラマが読み取れる。
指導者であれば、毎年よいチームづくりや強いチームづくりを実現していくうえで、何をすべきなのかを考えるだろう。本書からは、チームづくりに必要なこと、選手の素質を見抜く力、チームが発展していく中での春口監督自身の指導者としての成長も感じられる。また、さまざまな苦難・困難な出来事を乗り越えていく過程で、真の強いチームとは何かを考えている様子がわかる。
関東学院大学ラグビー部の逸話の中に「涙の雪かき」がある。試合では、グラウンドに立っているレギュラーメンバーだけで戦うのではなく、そこに立てなかったチームメイトの存在や思いがあってこそ生まれるチームの結束力の大切さを学ぶことができるだろう。また、ラグビー指導者のバイブル的名著、大西鐡之祐監督の「ラグビー」にある一節に春口監督は感動したことが書かれてある。それは、「ラグビーとは、人間と人間とが全人格の優劣を競うスポーツである。しかも15人の人格が形成するひとつの新しい超人格的チームが15人の結集される力にある何者かが加わって闘うとき、はじめてそこに相手にまさる力が生まれるのである」という1文であった。そこには、「1人はみんなのために、みんなは1人のために」の精神の大切さが目には見えない力となることを理解できるだろう。
春口監督は、ある年の慶応との決勝戦に敗れたとき、「強いだけでは駄目だ。いいチームじゃないと。周りから応援され、愛されるチームじゃないといけない」と思ったという。
ラグビーのみならず、さまざまなスポーツ種目の指導者、関係者に読まれることで、日々の私達の環境に感謝する気持ちや周りの人達の支えなくして、スポーツは成り立たないことを再認識することができるだろう。誰かが何とかしてくれるのではなく、自らの現場や足元からスタートしていこうという勇気がもらえる1冊である。
(辻本 和広)
出版元:光文社
(掲載日:2012-10-16)
タグ:ラグビー 組織論
カテゴリ スポーツライティング
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