質的研究の考え方 研究方法論からSCATによる分析まで
大谷 尚
質的データ分析手法SCAT(Steps for Coding and Theorization)の考案者である著者による、質的研究の解説書である本書。もちろんSCATの解説や、用例なども記してある。
量的研究のように数値化はできなくても、世の中には意味や価値がある事象がある。即時的に一般化はできなくとも、質的研究の結果を受けた各人の比較や翻訳という行為を介して普遍に迫ることができるというのが質的研究だ、という主張に、なんとなく共感を持った。
本書によれば、そもそも量的研究と質的研究には、思想や哲学的なスタンスの違いがある。
量的研究の立場は客観主義的実在論であり、真実は妥当な手順を踏むことで、誰の目にも明らかな事実として存在している。対して質的研究の立場は、相互行為論や社会的構成主義といったような、ひととひととが関わりあいながら、解釈することによって現実は成り立つといった立場に立つ。
そのため、SCATの言語分析のアウトカムは、インタビュイーが言ったことのみならず、言おうとしたが言えなかったこと、さらに思ってもみなかったが、分析した結果、得られた内容までをも含んでいる。ある個人、一事例に深く切り込み、そこから普遍的な核のようなものを剔出するような方法といえるだろうか。
考えてみれば、芸術の世界が近いのかもしれない。例えば、小説や映画、絵画であっても、そこに示されているのは、具体的な“一つ”にすぎない。しかし、優れた表現であればあるほど、鑑賞する側の多くのひとに共感され、支持を受ける。それは、具体的なケースを描いているようでいて、誰しもが持っている普遍的なイメージが共有されるからではないだろうか。
統計的な有意差では測れない妥当性の側面も、この世界にはたくさんあるのだろうと思う。
(塩﨑 由規)
出版元:名古屋大学出版会
(掲載日:2023-01-16)
タグ:質的研究
カテゴリ その他
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質的研究のための現象学入門
佐久川 肇
本書で言う現象学的研究とは、その人だけにしかわからないその人固有の「生」の体験について、できる限りその人自身の意味に沿って解き明かすことをさす。
対人支援のための現象学では、あくまで現象学の一部を援用するのであって、哲学科の学生が現象学を学ぶのとは異なる、と前置きがあり、ホッとする。正直、ハイデガーやフッサール、メルロ=ポンティやレヴィナスの原著はハードルが高すぎる。でも現象学は前から気になっていた。現象学の、事象そのものへ! というスローガンなどからも、肘掛け椅子の画餅の理論とは、対極に位置するような印象を受けてきた。客観から実存へとピボットするのは、より深く現実にコミットしよう、という誠実さを示しているように感じてきた。
現象学ではあらゆる前提を排して、「生」の経験の意味と価値を問う。クールでドライな量的研究の切れ味はないかもしれないけれど、歯切れのわるい人間味や、眼差しの温かさがある。理解が間違っているかもしれないが、そんなふうに感じる。
(塩﨑 由規)
出版元:医学書院
(掲載日:2023-01-17)
タグ:質的研究 現象学
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